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米国エリート文化~「白人労働者階級」とは(その4)

トランプを支持した「白人労働者階級」とはシリーズ4回目は、

その1)2016年大統領選の結果
その2)「Hillbilly ヒルビリー」の説明
その3)ヒルビリーの暮らし

の続きとして、全米で話題のJ.D.ヴァンス著Hillbilly Elegy『ヒルビリー哀歌』の中から、米国エリート文化について触れた部分を見ていきます。

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米国エリート文化~「白人労働者階級」とは(その4)_e0363407_12204744.jpg劣悪な環境でヒルビリーとして育ったヴァンスだが、米国同時テロ事件に影響を受け、高校卒業後に海兵隊に入隊することを決意する。入隊後の厳しい訓練を通して、彼の世界観は一変した。
地元ミドルタウンでは誰も教えてくれなかった、規律、服従、忍耐といった集団行動の基礎を徹底的に叩き込まれたのだ。

一番の教訓は、

"Giving it my all" (とことん全力でやり抜くこと)、だったという。

3マイルを楽に走れるようになった、記者会見をうまく仕切れた。こうした小さな成功体験を積み重ねていくことで、自分はやればできるんだと思えるようになったのである。

それだけではない。大学奨学金申請書の書き方、ローンの比較検討の仕方、家計管理の仕方など、生活の知恵をも得ることができた。

ミドルタウンでは、"learned helplessness"、つまり無力感が身に沁みついていたが、
海兵隊では、"learned willfulness"(培った不屈の精神)を教わることができた。

こうして、生まれて初めて上を目指すことを強く意識し始めたのだ。

海兵隊を除隊すると、ヴァンスは地元のトップ大学であるオハイオ州立大学に進学する。高校卒業後すぐに進学してきた同級生に比べ、ヴァンスは何歳か年上だった。ある日の授業で、戦場に行ったこともない19歳の学生が、イラク戦争についてあれこれ語るのを聞く羽目になったヴァンスは、とっとと卒業することを決心する。

殺人的なスケジュールをこなして1年11カ月で学士号を取得すると、今度は名門イェール大学ロースクールに奨学金付きで入学した。このアイビーリーグ校で、ヴァンスは米国エリート文化に人生で初めて接し、大きなカルチャーショックを受ける。

イェール大学ロースクールに通う他の学生の知的レベルに、ヴァンスのそれが引けをとったのではない。全米トップ校でも、とび抜けて頭がいい学生はほんの一握りだ。

では、何にショックを受けたのか。

ヴァンスは、文化あるいは生活様式の差だという。

エリートたちは、アッパーミドルか富裕層の出身で楽観的。家族がお互いを思いやっている。困難や意見の相違に直面した際には、怒鳴ったり自分の殻に閉じこもるのではなく、落ち着いて話し合う。健康に非常に気を使う。教養がある。

子供へのクリスマスプレゼントは、各家庭の価値観にあったものを選び、本だけという家庭もあれば、子供自身が寄付をお願いする家庭もある。翻って地元ミドルタウンでは、とにかく巷で人気のあるおもちゃをゲットし、子供一人あたりで決めた予算に届くまで物を買い漁るという狂騒曲に皆が躍る。会計は、翌年早々の税金還付をあてこんだクレジットカード払い。

そしてヴァンスが何よりも驚いたのは、ネットワークの重要性だ。オハイオ州を出るまで、彼はその存在すら知らなかった。

就職活動を例にとろう。

ミドルタウンの白人労働者階級は、職探しとなると何百という志願書をオンラインで送信するが、大抵なしのつぶて。

一方、エリート階級は、履歴書を手当たり次第に送ったりしない。自身の持つネットワークを最大限に活用するのだ。


大学の指導教授の紹介、父親の友達の紹介、友達の友達ですでに意中の企業・事務所で働いている人の紹介など。こうすることで、採用決定をする人物に、素早く履歴書を届けられるわけだ。
もちろん、紹介者の推薦の言葉と共に。

さらには、トップ校限定のキャンパスリクルーティングという制度があり、グローバル企業や有名法律事務所などの採用担当者が大学まで出向き面接をしてくれる。イェール大学にやって来る担当者は、おそらくイェール卒業生だろう。

白人労働者階級とエリート階級では、そもそも土俵が違うのだ。

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30代前半の無名の著者ヴァンスが書いた本作『ヒルビリー哀歌』が世に出たのも、イェール大学ロースクール進学後に得た彼のネットワークが、少なからず作用していると自分は思います。

作品の中でも触れられていますが、ヴァンスの指導教官の一人で特に目をかけてくれたのが、回想録『タイガー・マザー』で一躍有名になったエイミー・チュアなのです。カバーの裏面には、チュアからの推薦文がプリントされています。チュア以外にも、ヴァンスの出版を助けた人々
いることは、想像に難くありません。

次回は、白人労働者階級とエリート階級との対比から導かれる現状改善案を見ていきます。



by NYWM | 2016-12-23 14:11 | アメリカ社会